失われた時を求めて カフカとハルキとオペラ 4

川村カフカにはクミコというガールフレンドがいる。クミコはイタコで過去に亡くなった人物と交流する霊媒術の能力者だった。亡くなったフランツ・カフカやレイモンドチャンドラーを霊媒術でよみがえらせたこともある。クミコは統合失調症を患っており、鬱病で苦しんでいた。眠剤がないと眠ることができない。スピリチュアルな力を持っている代償はあまりにも大きかった。クミコもオペラ好きで、モーツァルトの『魔笛』を好んで良く聴いていた。希死念慮があらわれるとクミコはバーボンや濃いミルクティーを飲んで『魔笛』を聴くことにしていると川村カフカがぼくに語っていたことがある。

 ぼくはフランツ・カフカの『審判』を精読することにした。「顔なし男」が「フランツ・カフカの入門はやはり『審判』かな」と地下室で教えてくれたためだ。ヨーゼフ・Kという主人公が無実の罪で捕まってしまうという実存を問う物語になっている。ぼくは家でモーツァルトの『魔笛』を聴きながら読むことにした。『魔笛』のすごさに驚き、(今度はVHSを沼津市立図書館で借りようと思った)『審判』は<実存を問う物語>だが、<集合的無意識の物語>でもあるなと物語を読み進めるたびに思った。クミコに薦めたところ「まるで意味がわからないわ」と言われてしまった。

 「顔なし男」はプラハチェコ)へ旅に出て行ってしまった。「自分の顔を探してきます」と言うメモを地下室の2階へ置いて。まったく意味がわからない奴だ。彼はフランツ・カフカの生まれ変わりのはずなんだが。「顔なし男」が税関をくぐり抜けられるかぼくは心配だった。川村カフカは「もともと顔がないんだから心配することはないよ」と励ましにならない励ましを言った。ぼくは「顔なし男」≒「フランツ・カフカ」のことを少しでも知るために沼津市立図書館でフランツ・カフカに関する本を手当たりしだいに借りて、読んだ。フランツ・カフカチェコ生まれでユダヤ人。ドイツ語で小説を書き、労災保険局で働いていた。大学では法律を学び、なかなか勤勉な男だったらしい。うらやましい限りだ。しかし、遺言では「書いたものはすべて焼却してほしい」と書いたそうだ。しかし、友人のマックス・ブロートは編集してフランツ・カフカが書き残した小説などを出版した。ぼくの本から得た知識はそのくらいのものだ。あとはクミコの霊媒術でフランツ・カフカを現代に呼びよせるしかなしかなさそうだ。川村カフカを現代に呼び寄せるしかなさそうだ。川村カフカは「それはやめてくれ!ぼくの彼女をそんなことで利用しないでもらいたい」とはっきりと断られてしまった。とにかくぼくは本の虫。リサーチはいつも沼津市立図書館で行う。2階の海外文学コーナーと3階のビデオ・CDコーナーにさかんに行く。学ぶところが大きいが、関心の的が定まらないのでまとまった思想が形づくられないのが難点だ。

 川村カフカの友人のアラン・チューリングは数学の天才だった。なにせコンピュータの基礎をエニグマと言うドイツの暗号機を解読する機械でこしらえてしまったのだから。しかし、青酸カリで亡くなってしまった。クミコが霊媒術で呼びおこすこともたびたびある。iPhoneの登場にはさすがに驚いていた。川村カフカコンピュータサイエンス、特に友人のアラン・チューリングの時代の数学に関心を持っていた。ぼくが「おもしろそうだね」と言うと『チューリングの大聖堂』というノンフェクションをすすめてきた。「またか~」ぼくは本に飲まれている。