エセー2

私は統合失調感情障害を抱えて生きている。フロイト精神分析学を学んで臨床に活かしたいという思いが強いが学びにくいので悩んでいる。フロイト全集(人文書院版)の1・2・3巻を読んでいて『精神分析学を学ぶ人のために』を読んでいるが、自分の病気と向き合うためだけで四苦八苦している。むかし大谷大学新宮一成先生の講演会があった(先生は自身がそばアレルギーだと語っておられた)。講演会を聴いたりフロイトのトーテムとタブー(フロイト全集第3巻収録)を読んだりしたが直接的に苦しみはなくなることはなかった。大学に復学するためにはお金の問題もある。バレエを大学時代にかじっていた。とはいっても、蘆田ひろみ先生に迷惑をかけただけだったが。法政大学の国際文化学部の鈴木晶先生に〝精神分析学は臨床で役にたつのか?〟と言う問いを議論していきたい思いが強いので自分のなかで精神分析学関係の書物を優先順位をつけて読んでいきたいとかんがえている。さいわいなことに叔父はフロイトの『精神分析入門』を読んでいるのでFacebookのMessengerでやりとりして臨床と学問との「あいだ」の溝について議論していきたい。私の理解するところでは「性欲」という「欲動」がキータームとなっており、それをフロイトさんは「リビドー」と規定し、「リビドー」が抑圧されるとそれにともなって「神経症」の原因になるらしい。あさはかならが、私の理解はその程度のものなのだ。私は自分をさらけ出すのが苦手だ。だからニーチェの『ツァラトゥストラ』の知見をかりてその爆発てきな衝動力をかりて「エセー」を書いている。話しは変わるが、私が河合塾という塾で浪人生時代に精神病理学者の木村敏先生が「ぼくが医者になった理由」というという題目で講演をしていた。私が理解できたのは「平均律クラヴィーアが良い」ということと「ぼくが医者になった理由は音楽が好きだったからです!」ことだけだった。また、親しみやすい語り口でしゃべっておられることが印象的であった。