デイケアにて

 今日はデイケアに1日行くことができた。デイケアでは午前中「趣味の部屋」というプログラムがあり、家から持ち込んできたものを集中して作業療法として行っていったり、デイケア室にある本や将棋・オセロなどのボードゲームに打ち込んだりと思い思いの活動を行う。ぼくはベテラン看護師さんとオセロをやりながら、母の仕事での悩みを聴いたことやブック・オフでナイチンゲールが書いた‘本『看護覚え書』を読んでみたことなどを話しながらオセロを行なった。『看護覚え書』は看護師であれば誰しも持っている本だと教えて下さった。

 デイケアのスタッフは看護師・作業療法士・心理士にわかれている。ぼくは「最近、子どもが可愛く見えて仕方がないんですよ」と看護師さんにいったら大いに共感してくださったので嬉しかった。

 午後はコーラスの時間でコーラスの時間で昭和の歌謡曲青い山脈」「若者たち」「恋の予感」「シクラメンのかおり」「白い珊瑚礁」「この木なんの木」や「茶摘み」を歌った。ぼくは声がバスなのでキーが高い歌に苦労したが、楽しかった。

母の悩みを聴いて

 ぼくはプラトンの対話篇の中でも大著とされる『国家』を再読している。『国家』の中には「洞窟の比喩」という譬え話がある。そのお話は、ある人々が洞窟の中でくらしていました。その後ろには炎が焚かれており、影絵のお芝居が上演されていました。しかし、洞窟の外では素晴らしい世界、現実の世界が広がっていました。洞窟の中の人々は現実の世界にでても影絵の世界が本当だと「思い込んで」しまっており、洞窟の外の世界に出ることはありませんでした。このようなお話がプラトンの『国家』では比喩として描かれている。

 母は職場の人間関係になやんでいた。職場の社員や同僚に「自分は嫌われている」という「思い込み」から暴言や悪口を言ってしまうという。ぼくは、洞窟の比喩の話しをしたあとで「母ちゃんは洞窟の中の人々なんだよ」と言った。洗いざらい職場での被害妄想や悪口をぼくに語ったら、「お前に少し話したら楽になった」と笑顔を見せてくれた。ぼく自身も洞窟の中の人々ではない!といいきることことができないので、もっとデイケアや社会に出ることの準備づくりをぼちぼちやっていきたい。

プラトンから学んでいること

 ぼくは子どもの教育に関心がある。そのきっかけは町内の回覧板に小学生のお世話をするスタッフを募集するチラシを偶然みつけたからだ。大谷大学の哲学科に通っていた頃、倫理学・人間関係学の恩師に「教育に関心があるのですが・・・・・・。」と恐る恐る尋ねたところあっさりと「プラトンを読め」とアドバイスをいただいたことがある。初心にかえってぼくは現在、プラトンの著作をひもとくことにした。そうしたら、驚きの連続であった。「美とはなにか?」「幸福とはなにか?」「弁論術とはなにか?」という様々な問いに対してソクラテスが真摯に答えを出すのではなく、じっくりと対話者の「思い込み」を破壊していくオペラだったのである。ぼくは「知っているという思い込み」が強いのでそれをソクラテスはことごとく論破していく。ソクラテス自身は1冊も著作を書いていない。ソクラテスの弟子のプラトンソクラテスを主人公にして戯曲形式で物語を書き、著作をつぎつぎに遺していった。プラトンのすごいところは哲学用語を使わないで日常の言葉でソクラテスの言論を書いていったことだ。そうすることによって、ソクラテスと一緒に哲学の主題を考察することができるのである。 

 県立中央図書館でプラトンの著作を何冊か借りてきた。ほとんどが、大学時代「迷惑」をかけてしまった西洋哲学の教授が翻訳した著作ばかりである。ほかにも岸見一郎先生のアドラー心理学の翻訳本がある。心理学者のアドラーは子育てや非行について自身の生々しいカウンセリング体験から著作活動を行なった。そのなかでも『人生の意味の心理学』と岸見一郎先生がお書きになった『子育てのためのアドラー心理学入門』は子育てについて鋭い示唆を与える素晴らしい著作である。

 ぼくは30歳になって「社会に貢献したい!」という気持ちが強くなってきた。子育てや教育、精神科看護、保育に携わる仕事に就いてみたいという目標ができた。これは人と本との出会いから育まれたものだ。

 

筋トレ

NHKの筋肉体操にはまっている。体重が90kgジャストと完全にメタボなのでなんとか身体を絞っていきたい。有酸素も大切だけど、筋トレで筋肥大をおこして太りにくい身体をつくることにフォーカスすることにした。筋肉体操はかなりきついので満足感がはんぱない。ほぼ毎日朝起きたらやっていきたい。沼津市民体育館にもまた挫折しないように適当にかよっていこうとおもう。ベンチプレス・スクワット・デッドリフトとマシントレーニングを継続してやっていきたい。そしてダンベルを使った運動をやっていきたい。筋トレを毎日の習慣にしていきたい。デイケアでも筋肉体操のプログラムを筋トレの時間に行なっている腹筋を例にとると「2秒でおこして2秒でたおす」を基本としてそれを5セット〜7セット行う。腹筋だけでなく、スクワットや腕立て伏せもスロートレーニングで行うのでめちゃくちゃきつい。そのあとボクシングのミット打ちがあり、かなり筋肉が追い込まれる。週一でそのプログラムがある。YouTubeメトロンブログとぷろたん日記をチャンネル登録しているのでできるかぎりトレーニングを真似してやることにしている。しかしこの人たちはフィジカルスキルがぼくと違い過ぎるので出来るだけ真似ている。

ローリングストーンズ

鬱でどうしようもないときはロックを聴くようにしている特にローリングストーンズを聴いている。ぼくはどちらかというとビートルズよりもむしろローリングストーンズ派で不良っぽくて、モラルにあまりとらわれていない創作スタイルが大好きである。むかしぼくは作曲家になりたかったが、音感が音大生よりも欠如していたので断念した。その創作の源泉がローリングストーンズでありまたバッハの「マタイ受難曲」である。メンバーのなかではキースリチャーズが大好きだ。ローリングストーンズにはソルフェジオ音楽よりも強いパッションがこめられているようでならない。この強いパッションはバッハの「マタイ受難曲」にも共通しているとぼくは信じている。ロックは魂の叫びだ。TSUTAYAセックス・ピストルズボブ・ディランなどなどをかりて傾聴するなかから元気付けられた。みなさんもげんきづけられる曲を持っていると思う。体操選手の内村航平選手はAK-69さんの曲を勝負曲としている。一度聴くと離れない歌詞が印象的なミュージシャンだ。これからも音楽を探求していくブログをめざしていきたい。長文なのに最後まで読んでいただきありがとうございます

マーラーの交響曲第3番

マーラー交響曲を聴いていると詩がおもいつく。それほど豊穣豊かな曲なのである。特に第3番交響曲金管楽器の序盤の使い方が良い。そして静けさがある。クラリネットの静けさを称えた歌が聞こえてくる。金管楽器の厳しい響きは作品全体のアクセントとなっている。これらのことは序曲にいえることだ。マーラーは自然を描いている。静けさを耐えることができないとこの曲は聴くことができないかもしれない。風の音色、雲の動きなどが巧みに描写されている。全体にまとまりがあり、なかなかひきしまっている交響曲だと思う。普段はぼくの場合、交響曲第1番、交響曲第9番ばかりを聴いてマーラーの奏でている指揮者の良し悪しを判断してしまうが、交響曲第3番を聴いてみるとその豊かさに驚いてしまう。自然の豊かさがそのまま鏡として音楽に表されている。

マタイ受難曲

バッハの曲の中でもぼくが一番好きな曲がマタイ受難曲である。3時間もかかる超大作なのだが、いつもどん底めんたるなぼくを支えてくれる縁の下の力持ち的な曲なのである。そのなかでもアリア「憐れみたまえ、わが神よ」(Erbame dich, mein Gott)の美しさは筆舌に尽くしがたい。涙をぽたぽた流しながらペテロが泣いているさまがありありと浮かんでくる。オラトリオ形式・庶民的・教会的要素の強い作品というのが3時間の音楽のなかにぎゅぎゅっと凝縮されている。3時間聴くことはかなり疲れるから、上述のアリア「憐れみたまえ、わが神よ」だけでも聴いてみてほしい。